新島みみのブログ

日常のあれこれ。
死ぬことが嫌じゃない人がいる前提で想像ができないということかな
死ぬことが嫌じゃない人は哲学的にならざるを得ないんじゃないかなあと思った。
なんとなく生きるということが難しくなる。
お腹が空いた時にどうして死ぬという行動ではなくてごはんを食べるという行動を選択する理由が必要だから。
仕事の日だけど眠い朝に、どうして仕事に行くのか理由が必要になるから。
一つ一つの行動の意味を考える必要が出てくる。
死ねば全部やらなくていいのに。

どんな行動をすればより良い状態になるかという話をする時に、普通の人は「なんで」を繰り返していったらたぶん「生きるために」という理由がいつか出てくるんだと思う。
それが無いと、「結局なんでそれをするのか」という問いの存在自体が意味がなくなるんじゃないかなあ。
普通の人が理由もなく生活できているのは、揺るぎのない「生きていく」という前提があるような気がする。
生きていくとか生きていたいのが当たり前の人たちには、死そのものは全然構わない(死ぬことにまつわるいろいろには構う)人の気持ちとか思考回路が想像できないんじゃないかなあ。

親身になってくれる人のほとんどが、そこまでトレースしようとしていない気がする。
しようとしてもできないのかな?
でもそれを「できない」と言ってくれる人はほとんどいない。
みさきちさんが「ここから先は自分とは違う」と言うくらいか。

理解してほしいとは思っていないし、死ぬことさえ許してもらえるなら別に他のことは解決しなくて構わないのに、そこを無いことにして他のことを解決することでなんとかしようとしてくれていても、私から見ると根本から目を逸らしているだけに見える。
なんでいちばん大事なところを放置して話を進めるのかなあ、みたいな。

私が人の気持ちを考慮しなくなれば私の中では全て整うんだけど。
そこができないということも、解決すべき問題とは誰とも話せていない気がする。
話す相手のことを考慮しないで死んでいい、というゴールに向かって話を進めてくれる人はなかなかいないだろうしねえ…
論理的なだけではなく、生きていなくていいという前提で自分の思想や宗教を別のところに置いて私の前提の上で解決しようと思ってくれる人がいるなら、その人とは心のガードを解いて話がしてみたいと思うけど。
それ以外の人と、手法の話はできても何を目的としてその手段を取るかというような話はちょっとしにくいよな。
| 新島みみ | 日々 |2019/11/21 20:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
デニーズにまったりしに来た
実家にいる時には、青砥か亀有駅の近くで食事してから大森に帰ろうと思っていたんだけど、青砥駅まで母に車で送ってもらったらロッテリアもケンタッキーも閉まっていて、サイゼリアはまだ開いているかな?とドアを開けたら10分くらい前がラストオーダーだったらしく、青砥で食べるのは断念。
でもあまり空腹だと電車内がつらいなあと思うくらいだったのでサンドイッチとホットのお茶を買った。
来ていた電車の車両がボックス席があるタイプで空いていたので、乗ってしまってボックス席の中にキャリーバッグも持ち込んでしまってサンドイッチをささっと食べた。
押上を過ぎてしばらくしたら結構混んできて、品川近くになったらかなりぎゅうぎゅうになっていた。
ボックス席の奥からだとちゃんと出られるだろうかと少し心配になったけど、平和島を出てからバッグを持ち直したりして降りますオーラを出して停車と同時に立ち上がって小声ですみませーん降りまーすとか言いながら進んだら乗ってくる人も待っていてくれて無事に平和島で下車できた。

平和島の近くの一度だけ入ったことがあるバー?居酒屋?みたいなところに行こうかなと思ったらこれまたラストオーダーを過ぎていて、だったら初心に戻って(?)大森のデニーズにゆっくりしに行こう、と思って荷物もあるし一度自宅に戻ることにした。

そしたらまあデニーズは逃げないでいてくれるわけで(夜に閉店する店は逃げる店)、荷物を置くだけでは済まずにスマホを充電したりゲームのたまったスタミナを消化したりはするよね。
ゲーム内のチャットを覗いたら配布分では飽き足らずに課金してバトルのチケットを使おうとしている人がいたら、チケット余らせてた私としてはバトルルームを立ててしまうよね。
話が面白いメンバーがたまたま集まってたら2時間以上チャットしちゃうよね。
まあそういうことをしているのも亀有の片付けが終わって大森の方は1週間も必要ないだろと思っているからで、たぶん引越し準備の緊張がかなり解けたってことだと思う。

チャットを閉じたら2時半を過ぎていたので、そのままデニーズに行ったらみんチャレの報告ができなくなるなと思って、ベッドの上や持ってきたカバンから少し出てた荷物を整理してからストレッチ腹筋ハンドマッサージをして報告。
また別のゲームのスタミナが満タンになってしまっていたのでそれを消化。
それからデニーズに行こうかと思ったけど、5時過ぎてから注文すると深夜料金がかからなくなるので、木曜が回収日の資源ごみをまとめたりして時間調整。
引越し屋が見積もりの時に持ってきたディノスとかに目を通して興味があるページだけ切り取ったり。
コミケカタログや缶ゴミも合わせて集積所に置いてからデニーズにやっと来た。

5時台のこの店は新聞や書類を読みながら何かを書いているおじさんがけっこういた。
みんな常連っぽい。
6時を過ぎてモーニングメニューが配られたらメニューを見ないで「1番を」って言ってる人とかがいたり。
メニューに無い組み合わせを頼んだ人がいたらしく、「豚汁とごはんはセットにならないんですよ」と店員さんが言ったら、「島田さん(仮)がやってたよ」とお客さんが言い、「え? あ、ちょうどいいところに島田さん」とか声をかけて島田さんも近寄ってきて、注文を入力する端末で操作していたらあったみたいで、「佐藤さんすごいですね」と客を苗字で呼んでその店員さんは厨房の方に戻っていった。
客が店員を名前で呼ぶのも、店員が客を名前で呼ぶのもすごいなと思った。
この店は夕食時以外はこういう常連と店員が親しく話しているのをよく見る気がする。
私も覚えられてしまいそうと身構えた時も何度かあったけどたぶんまだそれほど覚えられてはいないと思う。
でも覚えられたとしても常連率が高いのでその中のほんの1人という感じで、あまり重くはないのかもしれないと今日思った。
12月以降は来ることも無いだろうからこそそう思うのかもしれないけど。
でもこの店はベタベタした馴れ馴れしさはあまり感じなくて適度なフランクさが見ていても微笑ましいというかほっこりできてよかったなあ。

編み物の道具と小説を持ってきたんだけど、料理が出てくるまで編み物の方を少しやった。
食後はこのブログを書いているだけ。
でもけっこう長時間になっているな。
周りの客もずっといるからあんまりそんな気がしていなかったけど(笑)
あと2杯くらいドリンクを飲んでから帰ろうかなと思う。
金曜の予約時間のことはひとまず考えないでゆっくり寝るぞー!
就寝起床時刻の調整については起きてから考える。
| 新島みみ | 携帯から |2019/11/21 07:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
気持ちのお通夜と告別式
片付けや掃除をしながら「時間があったら洋室をもっと完璧な状態にできるけど、明日は丸一日大森にいたいから今夜中には移動を済ませたいんだよなあ」と思って、どうして明日はそういう風に過ごしたいのかもう少し考えを進めた。
いや、どうしてというのは自分の中ではわかっていたんだけど、だから今日大森に戻るのは譲りたくないと先週から思っていたんだけど、それを言語化してみたというか。

で、最初に思いついた表現が、「明日がお通夜で明後日が告別式みたいなものだから」というものだった。
グリーフワークというか気持ちの整理というかそういうことなんだけど、そこで失われるとされているものはたぶん『私が精神科に通おうとする気持ち』だと思う。
亀有メンタルクリニックの頃とかだし、中野にいた頃とかにゲンクリニックに通っていたのとかも含まれそうだけど、まあずっと私はとにかく自分の存在に苦悩していて、なくなりたかったんだよね。
結婚だったりメンタルクリニックだったり自殺だったり、対処方法の形は変えているけどとにかく今の自分ではない全く違う世の中に合う人間になったり合わせなくていい状態になったりして、苦悩を解決したかった。
いやこれは過去形じゃなくて今も別の方法で苦悩を解消しようとして引っ越して新しい方法に集中しようとしているんだけど。

心療内科とか精神科に通うというのは、『(今の)自分』が楽に過ごせるようになるためにじゃなくて、楽に過ごせるようになるために今の自分を消すか変えるかして、『(新しく存在するようになる)自分』が楽にすごせるように、という意識がずっとあったんだよね。
だからいろんな先生や家族や友人知人の話を聞いて「えーそうかなあ?」と思うことも、それが私の合わせたい世の中なのでそのやり方に従おうと、私はそれについてはよくわからないからどうすればいいのかもきっと間違っているし、正しい世の中がおすすめするメソッドに従えば世の中に合う形になる確率が高くなるだろうという気持ちだった。
でもNさんのカウンセリングに通ったり、みさきちさんと話をしたり、片桐先生の診察に通ったりしている中で、「私は私の世界ではおかしくないんだな、世の中と合わないだけなんだな」と思うようになった。
これは何回も書いているけど。
で、私は私で間違っていはいないけど、でも間違っていない私であっても世の中にはやっぱり合わなくて(むしろ自分が間違ってなくてそれを貫こうとしたら今までより世の中との摩擦が増える)、もちろん世の中の方も間違っているとは思わないし、だったら私は世の中とできるかぎり離れた方がいいな、となる。
その合わない世の中の一つに片桐先生の診察も入るというのが夏頃から感じていて、先週出てきた言葉や雰囲気から「ああ、やっぱりそうなのか」と思ったところ。
先生はとても良い人で良い診察をする人だと思う。
でもその良さの根本にある感覚が私の感覚とはたぶん相容れなくて、先生が親身になればなるほど居心地の悪さというか言葉でどうも伝わらないらしい違和感、不快感が出てきていた。

私は自分の能力を活かしたり豊かな生活がしたいわけではないんだよなあ。
他に困っていることがなくてそれができるならもちろん構わないけど、でも、そんなことより私は『不快じゃない日常生活』が送りたい。
いろんなことに過敏な自分が不快じゃない状態を維持し続けるためには、かなり環境が限定されると思う。
しかもどういう環境であれば不快じゃないかは私にしかわからない内容が多い。
だから、本当にそれをするなら私は私にもっと注力しないといけないと感じている。
『世の中』に対してその話を説明している余裕は無いのだ。

前は世の中と自分のギャップがそんなに無いと思っていた。
だからあちゃぞうや片桐先生に自分の感覚を説明すれば良いアドバイスがもらえそうだと思っていた。
でもたぶん根本が違う。
二人はすごく話を理解してくれるし、二人が言っていることは私が共感することも多いし、私の話の中で二人が共感してくれることもたくさんあるけど、でもたぶん生きている上で何が不快か・安心するかという辺りの根本が二人と私は違うんだと思う。
というか、二人はかなり話が通じるのでそれがやっとわかったけど、他の人達はもっともっと全然違うんじゃないかなという想像はつく。
かなり近そうな二人とですら話していると苦しくなるんであれば、こういう話はしない方がいいと思った。
なぜなら二人は私が楽に生きることを良しとしているだろうと思うので。
たぶん二人とも私が急によくわからない感じで距離を置いたら残念な気持ちになるだろう・なっていると思うけど、でも二人からは見えない場所で私のストレスが減って楽に生活できるんであれば、それは認識されていないだけで望まれている状態なんだ、だから認識できている私の視点で言えば問題ないんだ、と思う。
もっと基本的な生活が楽になって、余裕ができたら元気に過ごしている様子を見てもらったりはしたいと思う。
でもそこで根本の話をしたらまた私が困ることになるかもしれないから、その時は世の中的には深いとか細かいとされていても私にとっては当たり障りのない範囲の話題で済ませられたら、という感じ。
優先順位とか価値観の話がたぶんNGなのかな、という気がする。
こういうのが嫌だったとかこういうのが良かったという話だけなら、たぶん自分と違ったとしても「へーそうなんだね」で終わらせられるし、ほとんどはむしろ「わかる!わたしも前に◯◯でー」って盛り上がれると思う。
私にとって良い状態になると思って何かされるとだいたいつらい。
もっと自分の話をしてほしいと二人には感じる。

でもまああちゃぞうには言えるけど、先生は医者なので、先生の話を聞くだけのために会うならそれはもう全然診察じゃないよね。
そこが普通の友人知人と違うところ。
話をしていたら私は自然に楽しい気持ちにはなるけど、でもそれは診察時間に期待することじゃないなというのはわかる。
「私に関する質問をしないでください、私も話さないので。私を理解しようとしないでください。」という状態では成り立たない関係なので、もう診察には通いたくないと思う。
先生は「診察といってもいろんな意味で通っている人がいる、どんな話をするのもいいと思う」というようなことを何度か言っているけど、さすがに私が期待するものはその「どんな話でもいい」の範疇に入らないと思う。
そのへんが、たぶん伝わらない。
何度か説明しているつもりだけど、伝わっていない。
だからもしかしたら私はこういう話は診察ではしないものだと思っているだけで、もしかしたら本当になんでもありなのかも?と思って、診察にふさわしくないっぽいけど先生に聞いてみたい話を先週までしていたんだけど、先週ついに「こういう話はやめよう」と言われたので、「あー…、やっぱりダメだったんじゃん」と脱力した。
わかってたよわかってた。
でも「診察はこういうものって決めなくていい」みたいなことを言っていたからそれじゃあと思って力加減するのをやめたのに。
やっぱダメなんじゃん。
公道じゃん。
力加減しないといけないんじゃん。

力加減するのが疲れるんだよ。
だから世の中とは距離を置きたい。
誰かを傷つけたり不快にしたくないし、迷惑だなと思われたくない。
「なんでもいいよ」と言っておいて「じゃあラーメン食べよう」って提案したら「ラーメンの気分じゃないなあ」っていうあれと同じなんだよ!
だったらなんでもいいって言うなよ!

しない方がいいだろうなと思っていた「旦那と話したい」ということも、言った時に反射的に頭の中で警報が鳴っているんだろうなとわかるくらいの反応を見て、「ああやっぱりダメなんじゃん」って思った。

大事なものがある人は、特に家族だとそうなるのかなっていう仮説が私にはあるんだけど、大事なものランキングの1位は別のものになっていることが多い。
普通のランキングには家族そのものや家族との関係というのは上がってこなくて、ライキング1位には「家族とのための時間」みたいのが入ってたり、「仕事」だったりして、本当に大事な『家族』そのものは殿堂入りでランクインしていない、みたいな感じになっているんじゃないかなあと思う。
普段ランキングなんてあまり考えていない人はもともと理屈みたいなものがないから平気なんだけど、ランキングを意識して優先順位とか考えているタイプの方がそういう現象が起きやすくて話をするのが怖い。
うちの両親の場合は死生観とか幸福観とか愛とかが殿堂入りしているっていう感じかな。
普段は1位に論理が入っているのに。

殿堂入りしているものの説明が無くて、いつもランキング内容だけ発表されると、そのへんよくわからないとランキングを参考にして自分の言動を調整するしかなくて、私はフルスイングで殿堂入りのものを壊す可能性があるから気をつけなきゃいけないなと思っている。
でも情報があまり出されていない上に本人が自覚していないで「あなたかランキング下位の場合はちゃんとそこまでリソース割けないって言うから大丈夫だよ、気にしないで」とか適当なことを言っていると気をつけようがないんだよ。
もうちょっと危険物を扱う自覚をしてほしい。

…こういうことを今夜と明日ゆっくり考えて消化したいと思っていたのに、亀有にいる間に時間を費やしてしまった。
しかも言語化しちゃったから、消化とは違う整理で終わってしまう。
荷造りしてちゃんと大森に移動しようー。
| 新島みみ | 日々 |2019/11/20 20:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
洋室にカーペットを敷いたり引っ越し用案内を貼り付けたり
洋室は時間がないので床を水拭きするまででいいかと思ったけど、あまり深く考えずに頭の中にあったやりたいことを消化していく中で父に部屋のサイズ確認を手伝ってもらったら、そのままニトリにある候補のカーペットを敷けるかカットする必要があるかという話になって、流れで父に車を出してもらって買いに行くことになって、ついでに水拭き用のクイックルワイパーシートを買ったりして、拭いて敷くところまでできてしまった。
降りた畳んである商品だったのでシワが寄っていたりしてこのままではイマイチだしどれくらいカットすべきかわかりにくいけど(ハサミで切れるやつを買った)、とりあえず一週間放置して引越し時にベッド等を置いてしまってから微調整することにした。

それから、引っ越しの時に私より引越し業者が先に到着した時のために、部屋の命名とかベッド等の家具を置く位置がわかりやすくなるようにドアや壁にメモ紙を貼り付けたりした。
あと、洗濯機の位置をちょっとずらして大森で使っている収納が置けるようにしたりもした。

これで引っ越しに関してはかなり希望に近い状態にすることができた。
すごい。
自分えらい。

水拭きクイックルをかけながら、稲本さんと結婚していた時のことを思い出したりしていた。
昨日か一昨日に掃除していたときも思い出していたけど、あの結婚生活というかきれいな家で過ごした時期があったから、自分が快適に思う状態のヒントが今私の中にあるんだなあとか、一度とっちらかった状態の家を見てもらってそこから洗脳しなおすように掃除の仕方を教えてもらいたかったなあとか、そういう内容。
虐待とまでは言わないけど、普通の頻度で風呂に入ることとか家を片付けるとか掃除するとか、そういう日常生活の送り方を親には身に着けさせてはもらえなかったなあ、と思う。
現代日本で無理なく生活していくためには、自分で考えることとか判断することとか好奇心とか物事に感動する心とかいろんな技能とかより前に身につけるべきことがあると思う。
マズローのアレでいうピラミッドの下の方のやつ。
基本的な衣食住とか安全とかよりは上だけど、たぶん当たり前過ぎて省略されているような部分。
狼に育てられた子供の話も思い出す。

あとは大森で残りの生活をするために必要だったりあったほうが良い物を荷造りして帰るくらいかな。
自分の頭や気持ちのことを考えて、明日はお通夜で明後日が告別式みたいなイメージだなと思った話については別に書こう。
| 新島みみ | 日々 |2019/11/20 19:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
展示会の共同制作の内容を聞いてきた&亀有側の引越し準備はほぼ完了
昨夜結局寝るのが遅くなって、というかほとんど朝になってから寝たので、10時過ぎにアラームが鳴って目覚めたけどけっこうヘロヘロで、だけど来年11月にあるレース展示会の共同制作物についての説明と作業があるのでがんばって出かけた。
説明に使う場所が、私が通っているカルチャースクールではなくて先生が授業を持っている専門学校風(学校法人ではないけど1年とか2年とかの単位で通うっぽいところ)のレース学院で、その学院の話がよく出るので一度どんな場所かも見てみたかった。

もっと教室がいくつかあるところかと思ったけど、3階建てくらいのビルではあるものの大きさや雰囲気的にはちょっと大きい一軒家くらいの感じだった。
10:30から15:00までの間で入退室自由でやるのでいつ来ても帰ってもいいと言われていたけど、私が13:30くらいに着いた頃にはたぶん参加予定の人がほとんど揃っていて、みんな午前中からいたっぽい雰囲気だった。
駆け足で説明を聞いたり、他の生徒さんが準備していた糸とシャトル(タティングレースなので)を借りて作業したりした。
学院の生徒さんと、カルチャースクールの生徒は別のテーブルに着いていたので学院の人たちはどんな人達なのかはあまりわからず。
でも年配の人が多かった印象かな。
いや、カルチャースクールの人と同年代でも雰囲気が違うのかも?

作品作りに関しては、サンプルを見たり2種類のものを自分で結んで先生に聞きながらそれをパーツと組み合わせて、なんとなくやることは理解できた。
あー、でもちゃんと朝から行って説明を全部聞きたかったなあー。
まあもうしょうがない。
今後同じような機会があったら次はもっと前日から意識して調整しよう。

体調が悪くて来ていなかった人が15時過ぎに到着して、ほとんどの人は帰っていたけど展示会の正式申し込みをしたりサンプルと編み図を見ながらやることを説明したりしてもらっていて、私もまだ作業が中途半端だったので片付けつつその説明を聞きつつ残っていた。
遅くに来た人はカルチャースクールの生徒だけど仕事を始めたばかりで忙しいらしく私は1回しか会ったことがない人で、体調悪いといっても咳が出るという感じだったらしくてもう一人残っていた人とお茶をしていこうという話になった。
先生たちは次の予定があるらしいので足早に帰っていった。
お茶しつつ、仕事の大変さの話とか、長いこと専業主婦だったらしいたぶん70代の人が「仕事はした方がいいわよねえ、私はできなくて…」という話とか、家庭の愚痴?とかを聞いたりとか。
私は相槌を打つだけで、頼んだアップルパイが美味しいとかレースはやり始めたばかりだとかそんな話くらいしかしなかった。
でも一度しか会ってなかった人とゆっくり話ができて、どんな人か少し知ることができたのでよかった。

作品に必要なパーツを購入して物が増えたのでそれを入れるためのケースか何かが欲しくなったのと刺繍糸が必要なので、亀有に戻ってきてからダイソーでいろいろ購入。

帰宅してから引越し前に両親と直接話せる最後の機会なので夕食を一緒にしながら、父に質問されたレース編みについてどんなことをしているか(編検の話とか展示会の話とか)をして、そのあと洋室の本棚を上下にバラして奥の部屋に移動させたりとかを手伝ってもらった。
これは残ってしまうよなあと思っていた本棚も移動できたので、押し入れの中もフローリング部分もリモコンとか小物以外は出し切れた。
ホールも『いらないもの置き場』としてギリギリまで残していたラグを今日の燃えるごみで出したしスッキリ。
明日掃除機とクイックルワイパーをかけて、寝床にしていた部屋2も布団を片付けて残った雑多なものを部屋の一角に押しやってしまえば引っ越ししてこられる状態になるはず。

大森の家の荷造りはそんなに時間がかからないと思うのでまだ亀有にいても大丈夫なんだけど、金曜の診察の前に丸一日は大森で過ごして心の準備をしたいと思って。
今週の金曜の診察のあとは3ヶ月後とかに予約できるならそこに入れて、実質的に通うのをやめたいかなと思っている。
予約できる最長期間が1ヶ月ってことはないと思うんだけど、もしそういう感じだったらどうしようかなあ。
3ヶ月ごとに通っている人もいるって聞いたことがある気がするから、そしたら予約しないでおくというのもありかなあ。
たぶん予約が入っていないとずーっといつ行くか気にしてしまいそうだし、だけど実際に3ヶ月後になったらめんどくさくて行けないとかもありうるから避けたいけど、だけど1ヶ月後というのはちょっと近いから今の私としては微妙。
まあ行って話をして先生のおすすめも聞きながら考えよう。

今夜も寝るのが遅くなってしまった。
今朝あんまりしっかり眠れていないので21時くらいからすでに眠かったんだけど。
まあ、出かけちゃった日はしょうがないよな。
明日の夜までには大森に移動するぞ、くらいに考えておいてできるだけ寝よう。
| 新島みみ | 日々 |2019/11/20 03:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
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