新島みみのブログ

日常のあれこれ。
規格外なことを受け入れる、ってことかな?
孤独を感じていなくて、誰かに共感してほしいわけでもなくて、全方位にエネルギーが出ているので相対的にどこかへのエネルギーというのが無いに等しい状態で、そのエネルギー量自体はかなり大きくて、情報処理能力がそこそこある。

というのが私の『規格外』な部分なのかなあ。
他に規格外なのは、あ、どう表現したらいいかわからないけど、常識を前提としないというか前提を置かれないとどこまでも前提を探しに行く、みたいなところかな?
選択肢をそうそう足切りしないとか、そういう。

自分はそんなに普通の人と違うのか、というところに関心があったけど、どれくらい違うとかそういうレベルじゃなさそうな雰囲気を昨日と今日の会話でうっすら意識しはじめた。
もう少し自分の中の感覚とその話が馴染むようであれば、普通の人と私のことを両方ある程度わかっている人に、また改めて話を聞いてみたいなあ。

私が「生きる」ということは、生命維持活動という意味では普通の人間と同じだけど、もしかしたら概念そのものを違うと捉えたほうがいいのかな、というか。
生きるとか死ぬとかの感覚が普通の人とは違うっぽいという話も、私にとっての生死の概念は世の中のソレとそもそも全く違っているという前提で新しく構築し直したほうが少なくとも私の中でしっくりくるかもしれない。

ああ、「下界の人のことはどうでもいいですよ」とか「君も私もどうせ中二病って思われてるよ」って言われたのを自分なりに飲み込んだら、自分を特別視しちゃっていいんだという気持ちになったというか、枷が外れたのか新しい発想が出てくるなー。

「そんなことない、お前は普通の人間だよ」という人はこれ以上の私が「なるほど、その方向で考えてみるのもありだな」って思う意見を用意してくれればいいだけのことなので気にしないようにする。
この辺りは”どっちにしろ中二病だと思われてる”っていう言葉の魔法だな。

Twitterにも今夜はいろいろ垂れ流してるから、あとでまとめないと自分が読み返したときにも何がなんだかわからなくなりそう。

っていうか中二病というよりラリってるくらいの感じかな。
たぶんそれこそ普通の人から見たらおかしい感覚だけど、私には特に違和感がないという部分だ…。
うーん。
認識が思考というか発想とか連想に追いつかなくなって真理が垣間見えたような気がした体験を思い出す。
あー、単に脳内物質の量がおかしいだけなのかしら。
だとしたら適切な薬で普通になれるんじゃないの?という気もする。
この話は医者にした方がいいのかな。メモっておこう。
| 新島みみ | 日々 |2017/04/20 06:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
いっぱい話してきた
また友人とだらだらしゃべってきたけど、今回は私の自殺についてとかをメインに、普通(っていっちゃうとあれだけどーというのを繰り返していたので途中で「もう『普通』でいいよ!w」って言ったりした)の人がどういう感覚かとか、友人の感覚とか、どういうことを考えて行動しているかとかの話を聞けてすごく面白かった。
というか勉強になった。
途中で、「ごめん、メモとらせてもらっていい?」って言ってノートを取り出して、友人との雑談なのにメモを取るくらい勉強になった。
私に”普通の人の感覚”を解説とか教えてくれるのはここ最近はみさきちさんだけだったので、今日の話をもう一度自分の中で咀嚼した上でみさきちさんとも話をしてみたい。
なんとなく全体的には「そんなもんだと思う」と同意しそうな気がする。
なんか、私がTwitterで見た発言について質問したり考えたり、自分が死ぬことや死んだ後のことやこのブログのこととかを話している時に、よく「普通の人はそこまで考えないから」って言われていた気がするし。
そこまでっていうのがどこまでかよくわかんなかったけど、今日の話からすると、ほんっとーーに私の想像する範囲外のことを考えながら生きていっているらしい、というイメージがようやく少し伝わってきた。

行動原理とか思考回路とか、なんだろうとにかく彼女の言葉を使えば私はまさに『規格外』なんだろうなあ。

インターフェイスがなまじっか高性能で世間に馴染めるというところもまた複雑さを生み出していそうだよなぁ。

あ、あと今日は途中から何度も「まじめだねぇw」って言われた。
よく言われていた”考え過ぎ”っていうのは深くとか長時間とかではなく、小さい部分に着目する(重箱の隅をつつく)とか、小さなステップで検討するとか、普通は見なかったことにするところに意識を割くっていう意味なのかなー、とか思った。
考え過ぎるとかまじめとか、そういう言葉で表されるコレも私の特徴の一つだな。

あとは全部が欲しすぎてどれも欲しくなくなるくらいの欲深さとか。

あー、昨日のカウンセリングの話もしたのでいろいろ混じっちゃうなー。
せめて早めにカウンセリング内容ブログを書かないと…。
| 新島みみ | 日々 |2017/04/20 04:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
朝もお腹下ってた&微妙な体調メモ
昨日は一度お腹が落ち着いてからアニメを見たりDDONしたりして寝る準備をしたのに、いざ全部終わって携帯を置いて寝ようとしたらまたお腹がぐるぐるいいはじめた。
でもこれはトイレに行かなくてはってほどではなかったので、眠かったしそのまま寝ちゃったんだけど、起きてしばらくしたら「これは!アプリでいろいろ記録する前にトイレに行かないと大変なことになる!」って感じで、トイレに行って朝からデトックス感を味わった。

朝まで前夜のお腹緩いのを引きずるのって珍しいっていうか記憶にないくらい。
うーん、体調が良くないのかなんなのか。

あ、でも1回トイレに行ったらあとは普通にもどってる。
お腹の中のダメなやつが出きってなかったから腸が「おまえ起きたんならちゃんと出せよ」って続きを促しただけで、翌日まで引っ張ったというより前日未完のまま寝ちゃったという感じなのかな。

体調といえば、今周期は低温期のはずの基礎体温がぜんぜん低温じゃない(かといって高温というほどでもない程度)くらいの温度を、普段の誤差の範囲以上にバラバラと上下している。
睡眠リズムが整った(ように見える)のが関係しているのかなぁ。
…普通は逆のような気もするけど、私にとっては寝る時間や起きる時間がほぼ固定なのってここ数年で考えるとちょっと変な状態だからな。
| 新島みみ | 日々 |2017/04/19 16:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
4/18のカウンセリング
(※この文章を書いたのは4/21ですが、例によってあとから見た時にわかりやすいように日時指定で公開しています)

今回の大きな話題として、2者(以上)のカウンセリングを同時期にうけることについてのNさんの意見を聞くというものを意識して行った。

最初の最初は今日は暑いですねーとか、着る服に悩みますよねとか、私が珍しく白いパーカーを来ていたからか「スポーティですね」とかいう雑談をしたあと、「今日はカウンセリングを同時に受けることについて聞こうと思って来ました」という感じで、普段よりすぐに本題に関する話をしはじめた。

その時に私が「最終的な判断は自分がすると思っているし、例えば同時に受けるのはダメと言われても嘘をついて両方で受けるかもしれないし、Nさんに言われたからとそのまま行動するわけではないけれどもNさんの意見を私が判断するデータの一つとしてお聞きしたい」という話をしたら、Nさんが「あー、それは考えませんでした。面白いですね。」みたいなことを言っていたので聞き返したら、嘘をついて両方のカウンセリングを受ける、というのを考えていなかったし、それをこの場で話すのが面白いと思った、という話だった。

そこで、そうなのかーと思いつつ、私は例えばNさんとKクリニックが連携していて私は知らないけど情報交換をしていて、嘘をついて両方でカウンセリングを受け始めている時に『この患者は両方で受けている』と両方の機関で把握しているとか、自分の知らない情報がある可能性は考えていて、でも把握している範囲のデータで判断していくという認識でいますね、という話をした。
あるいはNさんは分析とかはしていないとか混沌とした夢の中みたいな場とカウンセリングを表現しているけど、本当は目指しているゴールやそれに沿った筋書きがあって、私の思考が誘導されているかもしれないけど、それは私の知らない範囲だし、その可能性はあるが私は認識していない、という感じ、とかみたいな例を少し話したと思う。
そんな話をしばらくしてから、Nさんが「裏はない。夢の中にも登場しているくらいで」というような話をしていて、夢に登場するというのがその説明になっているかというと全然理屈としてはぼんやりしすぎなんだけど、なんとなくNさんの発想としては伝わってきた気がした。
まあ別に裏がある可能性を吟味するつもりもないし、あったらあったで手の上で踊ることも別に嫌じゃないので引っかかっているわけではなくて、そういう想定はしているという話だからどっちでもよいんだけど。

というか、嘘をついて両方のカウンセリングを受けるという話も、別に来るまでに考えていたわけではなくて、Nさんの意見は参考にするだけで、どんな行動をするかは私が判断するってちゃんと認識しているという説明の例えとしてその場で思いついただけなので、まぁ私も考えていなかった選択肢ではあるんだけど、こういうやろうとしているわけでもない発想が選択肢として出てくる辺りが自分の特徴なんだろうなと思ったりして、なんか興味深かった。

先週話していたことに戻って、「同時にカウンセリングを受けることについて、というかNさんが何をどう考えたかったのかわからないけど、『1週間考えさせてほしい』と言っていたことをお聞きしたいんですが」と言ったら、私の”報告書”をNさんが書くとしたら、を考えていたという話をしていた。

これって私の中ではあんまり気にしてなかったのでたぶんブログにも書いてなかったと思うんだけど、新しい病院に通院したり、カウンセリングについて考えるにあたっての話の中で、Nさんから見て私はどう見えますか?例えば私の報告書を書くとしたらNさんはどういうことを書きますか?というような話をしていた、んだったと思う(かなり記憶が曖昧だー)。
確かにそれについての回答はもらわないまま先週は話が進んでいた。

で、Nさんが報告書を書くとしたら、
・いい感じで進んでる。
・(カテゴライズとか、しっかり考えるとか、考えることが日常で、調べるのが好き、という私の普段とは違う)混沌としたこの場で思いついたことを話す、体の話をしたり、死の話などわけわかんないものの方にも開かれてきている
という感じで
「よかったらどうぞ引き続きいらしてください」という感じ
です、とのことだった。

わりと私がぼんやり考えている時はそんなに一つ一つ順序良く考えているわけではなくて急にすごいところに連想が飛んでいくことはあるから、ちょっと違う部分もあるなと思いつつ、確かに想像しなかった質問をされたり、自分だけで考えているのとは違って人と会話しているからこそ何かを連想しやすいというのはあるなと思ったのでそこについては突っ込んで話をしなかった。

あと、「だけど」と接続詞が来て「診察とカウンセリングはありだけど、カウンセリングを同時に受けるのは『ないかな』」と思ったという話があったのも突っ込まなかった一因でもある。

といっても、そこから先の、じゃあ私はどうするかという考えに行く前にNさんが続けて
「いつも出てくる選択肢がたくさんある話とか、全部はできないに通じる。まさに両方を同時に受けることはできなくて選ばなければいけない状態(なので、私が抱えているメインの問題に通じる出来事をどう処理するかという一つの課題みたいなものと言いたかったんだと思う)」
という話をして、さらにそのままいくつかの質問をされた。

Q. 小さい頃はどうだったか?
→最初に思い出したのは、本を読みながらおやつを食べていたら全部妹が食べていて泣いたという話を母から何度も聞いた件。
(これはそれだけ私が一つのことに集中するという話なのか、本が好きだったという話なのか、食べ物に微妙に執着がないという話なのかわからないが、という話もした。)
→おもちゃは特に欲しがらなかった、あれもこれもやりたい感はあまり記憶にない。
→お小遣いで何を買うかを悩んで、けっきょくいつも同じ思考回路になるので同じ組み合わせのものを買っていた記憶はある。
 貯めておいて高いものを買うかという選択肢も考えるけど、1回くらいはやったことがあるかもしれないけど結局同じ選択に戻っていた。

Q. 小さい頃、親にリクエストした時に「それはできない」「今はできない」と言われたことは
→記憶にない

ここで、Nさんが「最初に『表と裏』の話をしたからか、どんどん思いついたことを話してしまう」とか言って、その時もそうだな珍しいなと思ったけど、今書き起こしていても普段のNさんに比べるとかなり言葉が多かったなと思う。

で、今度は質問じゃなくて「(子供の頃に)ピシャッと(これはダメ、できないとか規制を)されて自分の幅を知る」という話をした。

そこで、ちょっと戻っていいですかと前置きをしてから、
「例えばカウンセリングを同時に受けることについてだとしたら、両方を同時に受けたいというだけじゃなくて、Nさんのカウンセリングだけを受け続けるということも、(Nさんのカウンセリングを受けるのをやめて)Kクリニック等だけで精神分析のカウンセリングを受けるということも、両方を受けるのも、あるいは両方受けるのをやめるのも、全部のことを同じくらいすごくやりたくて、でも同時には成り立たないから、すでに自分の中で選択肢を思いついた時から矛盾があってどうやっても解決ができないことは理解しているんです」
という話をした。
そうしたらNさんが「それは…想像してませんでした…」みたいな感じで何かものすごく衝撃を受けて「体に質量を感じた」みたいなことを言っていた。

Nさんの言葉が止まったので、私が「メンタルヘルス関連の話では、元気がなくなったり活動しにくくなるという情報が多いけど、私の場合はエネルギーが大きすぎて大変という感じだからあまり合わないんですよね、比較的興味があるのは躁病とか躁状態かなって思うんですけど」という話をしたら、Nさんがいやいやいやみたいな感じで「一瞬で消えそう」って言うのでどういう意味かと思って聞き直したら、「新島さんが気になる分には構わないですけど」とか軽く言ったあとで「そんな精神病とかは一瞬で消えそうですよ(手で払うジェスチャー)」とか「下界の人のことはもういいです」とか言っていて、私は『そ、そんなにさっきの話が衝撃を与えたのか』と逆にこっちが驚いてしまった。

あー、あとメモしてないので時系列がわからないからここに書いておくけど、私が自分のことをエネルギー体とか表現したら「そうですね、すごいエネルギーですよね…」というやり取りがあったり、私が「エネルギーを小さくするか、それをコントロールするというか入れられる器を作るかのどっちかだと思うんですよね」とか「太陽をどうにかしようとしてもコントロールできないし、水とかかけてもどうにもならないじゃないですか」とか話したり、それに対してNさんは「抑える必要はないんじゃないですかね」とか言ったり、というやりとりもあった。

あとは私もNさんが衝撃を受けたという衝撃で動揺していたのか、
・パイオニア的な感じ
・本を書くとか
・くだらない外界の括りはどうでもいい
・(スポーティっていう話をしたから連想してるのかもしれないけどけど)踊るとか
・何か表現をする
とかいうNさんの提案(?)をうーんと思いながらしばらく聞いていた。

でも、あまり表現したいとか誰かに伝えたいとかそういう感じはないのでその辺りは伝えたり、エネルギーではあるけど、感情というより、かなり(自分の中だけの)純粋な欲、好奇心に近いとか、そういう話をした。

好奇心と言えばという流れで、夫になんでもかんでも質問をしまくっている話もした。
「何歳だかの子供ってそういう時期があるって言いますよね」と言ったら、Nさんも「話を聞いていて私もそう思ってましたw」と言っていた。
なので「だから、その辺りから成長してないというか、子供と近いのかなって思ったりもするんですけど」という話をしたらNさんには「うーん、違うと思います」と言われた。
確かに。子供はいろいろ質問するけどいつまでも質問を続けるイメージはないし、すぐ飽きそう。と言ったり、そうですね、みたいな返事があったような気がする。

そこでまたNさんから「質問に答えられない場合はどうするんですか?」と聞かれたので「『なんとなく』とか『わからない』とかでも、そういう答えをしたというデータとして蓄積する。」という話をした。
(今考えると、何かしらの回答が得られそうな質問を、できる間柄なら質問を変えて繰り返す、がより近いかもしれない)

どうしてみんな疑問に思わないかが不思議、という話だったか、どうして他の人は同時に同じことをしたいという欲求をそんなに強く感じないのか、思いついてもできないので選択肢として無意識に外すとかについての話の流れだったからか、覚えていないしメモには無いんだけど、

「選択肢を認識するかしないか、ですかねー」みたいな話で終わった気がする。
(でもこれって、卵が先か鶏が先かみたいな気もするな。人並みの価値観を持っている人は優先順位が超低いものは無意識に選択肢から外すけど、価値観が無いに等しい人は選択肢を認識してしまったら選択することができない。でもたぶん多くの人は自分のできそうなことの中からやりたい事を考えて、それを価値観として持つような気がする。これはまさに今思いついた脳内情報をダダ漏れさせているだけなので、全然循環してなくてスタート地点がわかりやすくある話かも。)

そんな話をしながらもNさんが脱力しているというか挙動不審だったり変な姿勢で椅子に座っていたりとかだったので何回か「そんなにですかw」と聞いたら「明日筋肉痛かもしれない」とか「全身にみなぎってしまって」とか言っていた。
カウンセリング料を払って、次回の予約をして、帰る時に少し話をしたら「スポーティの話じゃないけど、本当にスポーツをしたって感じです」とまで言っていた。

聞こうと思っていたNさんは死ぬのがイヤか、怖いか、とかの質問には全然なる流れじゃなかったw
ので、次回他に考えているネタが無かったら聞こうと思う。
あ、次回は1週間後じゃなくてNさんのお仕事スケジュールの関係で5/2。
いよいよ検討期間に入っちゃうんだなー(ちょっと面倒くさいと思っている)。
| 新島みみ | 日々 |2017/04/19 02:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
私にとって自殺は損切り(or 利益確定)
Twitterで瞬ちゃんとちょっとやり取りしていて思いついたことをツイートしたんだけど、あとで何かのヒントになりそうだからこっちにもメモ。

早く死ぬことを考えるのって損切り(もしくは利益確定)感覚かもしれない。
今後このまま行ったら確実に損するわけじゃなくて大儲けできるかもしれないけど、ここで精算しておけばとりあえずいろいろ確定するな、みたいな。

ちなみにその前に書いていたのは、このブログでは何回も書いている気がするけど以下。

「生きられない」っていうのはちょっと違うかも。
いろいろ考えてみてるけど、私にとっては(自分のも他人のも)死への障壁が低いんだと思う。
生きようと思えば生きられるけど、まぁ死んだ方が面倒くさくないよなーみたいな。
| 新島みみ | 日々 |2017/04/17 23:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
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